仙人草の咲く庭で

犬と一緒に散策する里山スケッチ。自然界のさまざまな存在や、見えない世界へと誘われる心のスケッチ、モノローグ

以心伝心

ボブ・マーレー 「サンフランシスコ・クロニクル日曜版」の切り抜きから

グアダルーぺ・ゴンザレス・リオス

7月30日に投稿した記事、グアダルーペ・ゴンザレス・リオス3に書いたボブ・マーレーの新聞からの切り抜きの写真、見つかりました!

グアダルーペ・ゴンザレス・リオス 3 〜植物のスピリット・メディスンより〜 - 仙人草の咲く庭で

やはり探し物は探していない時に見つかるという鉄則通り、全く別件で何かを探しているときに、箪笥の中の棚(着物などをしまうように棚が引き出せるように作られている和箪笥)から、ひょいと出てきました。

やっぱり捨ててはなかったんだってひとり納得しました。(一部破れて、土台にした茶色い紙が出ているのは愛嬌ということで。。。ハイ^^;)

上の写真は1979年の1月か2月のSan Francisco Chronicleの日曜版に掲載されていたボブ・マーレーの記事から切り抜いたもので、私の個人的な感覚で共感を得られるかどうかは分かりませんが、この表情、目に素朴さとともに、解放(開放)感、あるいは愛のようなものを感じ、大切にして、かつてはフレームをつけて部屋に貼っていたものです。

ウイチョル族のシャーマン、ドン・ルペの写真を見た時に、何故かこのボブ・マーレーの写真のことを思い出しました。

先日の記事にも書いたように開け放たれた、悟った境地に至った(と私が勝手に想像している)人の持つ爽やかな笑顔。でも、それは特別なものではなく、とても素朴で自然な状態。世界的に有名なスーパースターとしてのボブ・マーレーではなく、大切に思う仲間やコミュニティーがあって、気の合う人たちと一緒に火を囲んだり、音楽を演奏したりできる幸せ、分かち合うことの幸せ。ただ普通の人としての幸せを味わって、それで十分、他にはもう何もいらないって感じてたんじゃないかなっていう感じがしました(あくまでも私の個人的な感想、妄想です!)

このボブ・マーレーの切り抜き写真には、ちょっとしたエピソードがあって、アメリカでの暮らしから日本に戻って、京都で生活を始めた頃、この写真を布で作ったフレームに入れて祭壇風にしつらえた机の上の壁に貼っていました。その頃、当時フリースクールの話をして各地を回っていたある人が、何かのつてを頼って、私が住んでいるアパートにやって来たのです。その人はおそらく70年代にインド各地を修行僧(サドウー)のような状態で10年くらい彷徨っていたという伝説的な人で、話はごくごく真面目な内容で、私も大いに触発されたのですが、それよりも何よりもその人の目がいっちゃってたのが印象的で、インドを旅するとこうなっちゃうんだ〜っていう割にザックリした、でもかなり強列なインパクトがありました。そんな猛者であるその人が、このボブ・マーレーの写真を見て、バウルだったかハリジャンだったかな?そこははっきり思い出せないのですが、とにかく開け放たれた人がこの同じ目をしていたと、いたく感銘を受けた様子でした。彼はその時、ボブ・マーレーのことを全く知らなかったので、ボブ・マーレーという名前と、彼がレゲエという音楽を世界に広めた有名なミュージシャンだということを教えて差し上げました。その後、その人から手紙が来て、ボブ・マーレーのことを調べたり、彼の音楽を聴いて、今ではすっかりレゲエにハマっているとのことでした。^^

 

きっと分かる人には分かる。通じ合っちゃうんだなあっていう納得の感想を持ったという話なのですが、私が受けた印象もまんざら外れてはいなかったのかも知れない、と思ったというお話でした。くどくてゴメンなさいね。m(_ _)m

 

あー、写真が出てきてヨカッタ〜!! One Love💗Mother Earth🌏 

 

*以心伝心・・・この記事のタイトルを目から目へとしようかどうしようかと考えていた時に、ふと以心伝心という言葉が浮かんでそれにしたのですが、後からコトバンクで意味を調べてみて、あ、この言葉にして良かったと、後付けで納得しました。興味のある方はこちらをお読みください。以心伝心とは - コトバンク

魔法の空間 Part 1 〜魔女の市〜

魔女の市 午後のひととき

先日の日曜日に開催された魔女の市、思いがけない好天にも恵まれ大盛況でした。(台風や前線の影響からか、ゲリラ豪雨のような激しい雨や雷の続く日々に挟まれた奇跡の1日でした)

午後からは小向定クンの音楽。

定クンを心の師と仰ぎ、彼の歌を聞きに来たきじはも飛び入り参加で歌うことになって、思わぬサプライズ。定クンの歌が始まった頃から、貿易風のような風がそよそよそよそよと吹き始め、まるでハワイにでもいるような心地よさ。(*きじははmy family 呼び捨てなのはそのせいです。念のため)

ますます自然体に磨きがかかって、肩の力の抜けきった定クンの人柄と、そしてすべてを包み込むような歌声で、その場が癒しの空間そのものに。

コピラの作る波動の高いスパイス料理をはじめ、出店者さんたちの心のこもった手作り品の数々。会場を提供してくださったTSUMUGI舎さんの手作りの空間も心地よく、すべての要素がたぶん絶妙なタイミングでうまく混じり合ったのでしょう。

笑いさざめく人々、たわいもないお喋り、懐かしい顔、顔。

誰も意識してはいなかったけれど、あの時、あの場所には不思議な魔法がかかって、風が吹き抜けながら、そこにいる人々の心に目には見えない微細なエネルギーを紛れ込ませていったんじゃないかな?

いみじくもその時Kopiraが口にした言葉。

インドで祭りの時などに、聖地の上では実際に太陽が動きを止めて、その日はなかなか日が沈まないということが実際に起きるんだと。今日はここが聖地でいつまでも日が暮れないから、時間を気にしないで好きなだけ歌ってくださいなって。

魔法の空間は、雨上がりに現れるキノコのように、突如出現するのです。胞子が風に乗って飛んでいって、地面に落ちた胞子から菌糸(キノコにとって根っこのようなもの)が伸びて、そこでまたキノコが育って、そしてまたまた胞子を飛ばして・・・そうやっていつのまにか、目に見えないところでネットワークが拡がって、ある日、ある時、突然出現したように見えるのですが、本当はすべてがどこかで繋がっているのです。

音もなく、目には見えず、人知れず拡がっていく風が織りなす魔法の空間。

何気ない日常の中に、そんな空間は突如現れ、そこでお喋りをして笑い合ったり、歓びを分かち合ったり。愛という魔法を体験して、それぞれが自分の家にそんな魔法を持ち帰る。そんな風にして、いつのまにかスペースが変わっていく。。。

リトリートでもなくスピリチュアルなセミナーでもなく、そこに有名なグルやマスターがいるわけでもなく、特別な誰かじゃない人たちが集って、ひとりひとりが心を込めた手作りの物を持ち寄って、何もなくても、ただそこにいるだけで交換&交歓が行われて、誰もがそうとは気づかず、優しい革命に参加している。(もうグルもマスターも必要ないよね。どこにでもいるあなたと私で十分だと思いませんか?!)

世界がそんな風に変わっていくといいなって妄想してみました。

そんなことあり得なくもないんじゃないかな?

世の中は心が苦しくなるような、不安に陥れられるような情報で溢れかえっているけど、私たちはそこに捉われることなく、そこに縛り付けられることなく、足取りも軽く、大切なものを大切なものとして、心ある道を歩いていけばいいんじゃないかな?

魔法の空間は、どんなところにも現れて、そこで感じたものは私たちの潜在意識に紛れ込み、気づかないうちに私たちを存在の奥深くから精妙なレベルで変えていくから。

バタフライ効果のように、ある場所で蝶がかすかに羽を震わせただけで、遠く離れたところで竜巻が起こる。私たちはただ日々、心地よくあることを心がけて生きていれば、知らない間に大きなうねりが起きて、新しい地球に生まれ変わっている。

お気楽ですね、って言われそう。でも、そんな妄想、夢想を繰り広げたくなりました。

風が運ぶ魔法のキャラバン、万歳!

よかったら、あなたもどうぞ💗

 

魔女の市

魔女の市

久々の出店情報です。(カードリーディングがメインでその他にちょっとした手作り品の出店も予定しています)

上のポスターは魔女の市を主催している友人(Kopira)の手描きのポスターで、場所は地元、三重県亀山市のTSUMUGI舎というカフェになります。もしこのブログを読んでくださっている方の中にお近くの方がいらしたら、よろしかったらお立ち寄りください。(メッチャ低姿勢です😅)

魔女の市へようこそ

主催者からの愛に溢れるメッセージ。売る側、買う側と完全に分離しているのではなく、お喋りがあったりお茶や美味しいものがあったり、情報交換があったり、そこに音楽があったり。。。

要するに、人が集って、エネルギー交換(ちょっと表現が硬いかな?^^;)が行われるんだなって思います。

出店者はこちら。多分、これを見てもほとんど誰とも何のお店とも分からないかも知れませんが(一部を除いて)^^; 少しだけ紹介させていただくと、インド・ネパールを拠点に天然石で素敵なジュエリーを作っているShanti Riotをはじめ、Kopiraの本場仕込みのスパイス料理(ヒンドウー教の出家としてインドのお寺で暮らしていたこともあるKopiraの料理には定評があります)、マッサージなど出店者の数はそんなに多くないけれどもバラエティーに富んでいます。さらに小向定クンもやって来て心地よい癒しの音楽を届けてくれるということで、とてもチル&シャンティなく空間になること間違いなしです。ちなみに私はここではmiracle mirikoという屋号でやっています(適当です^^)

魔女の市 出店者

魔女の市、ゆるくゆるくやっています。もし本当にお近くの方がいらしたら、どうぞ覗いてみてください。私は多分、ちゃぶ台を出してお茶でもしていると思うので、よろしかったら声をかけてみてくださいね。

楽しみにお待ちしています。by miracle💗

私は何処から? 〜Air〜

私は何からできている?

何でできている?

英語で書くなら What am I made of?

(別にわざわざ英語にしなくていいんですけどね。英語の方が何となく論理的に考えられそうな気がして。。。)

本当は何が書きたいのかよく分からないまま、気分で書き出してしまいました。

何を考えていたのかな???

普段、私たちの多くは自分という存在を漠然と個と捉えているけれども、実はその境界線は曖昧で、必ずしも個とは言えない。。。むしろ個としては存在し得ない、極めて全体(whole)と流動的に繋がっている存在なんだなあ、と感じているっていう感じかな?

浮かんでは消え、また現れては消える、とりとめのない思考を何とか整理して形にしてみよう。結局はとりとめもない話で終わってしまう可能性、大ですが^^;

呼吸を例にとってみると、私たちは外部から空気、実質的にはおもに酸素(+微量のその他の成分)を取り入れて(吸って)、二酸化炭素を吐き出していますが、その空気はどこからやって来るのか?もちろん私たちは空気に取り囲まれていて、その中で息をして、文字通り生きていますが、空気はずっとそこに在って動かないものなのかどうか?そうではないのは自明のことです。

空気=風でもあり、そのことに思いを馳せてイメージしてみると、風ははるか彼方から流れて来て、常に動いていて地球を巡り巡っているもの。何処とは分からない、未知の場所から私たちのところにやって来る目に見えない何かであり、またどこか知らない未知の所へと運ばれていくもの。風は私たちの内・外を通り抜けていく。その流れの中では、私たちはほんの小さな通過点、変換ポイントで、そして変換器。

私たちは大きな大きな地球の大きな大きな巡りの中で、ダイナミックに全体と相互にエネルギー交換をしている、ほとんど目に見えないくらい微細な存在です。そんな微細な存在が呼吸を通して、大きな全体と関わりあっている。当たり前に呼吸していることが凄いことのように思えてきます。単純に呼吸ってスゴイ!

空気はまるで無のように思える存在で、私たちは当たり前(=無意識)に呼吸しています。(当たり前でなかったら逆に困ってしまいます)そこをあえて意識して視覚化(visualize ^ ^)してみると、地球の大きな気流のうねりの中で、input/outputしている小さな点(dot)が徐々に視界に入ってきます。そして、すべての生きて呼吸している点(dots)が輝きを放ち、ひとつに溶け合っていく。風のうねり(気流)に水のうねりが加わって、それらと毎瞬毎瞬混じり合って、すべての存在と相互に干渉し合いながら、地球の循環システム、生態系を形作っていく。そんなふうに視えてきます。

ちなみに、タロットでは思考(mind)は空気(air)の要素に属しています。昔はなぜ思考がairなのか意味が分かりませんでしたが、風(air)が人々の思いや祈りを運ぶ。そう考えると、空気という要素が思考と密接に関わっているということが、うなづけます。タロットの洞察も結構深いものがありますね。

私たちのくるくると変わる思考や想い、祈りが風に乗って遠くまで運ばれて、ごく僅かながらも全体に影響を与えていく。そう思うと、呼吸の一息一息、思いのひとつひとつに意識を向けることの大切さをひしひしと感じます。

バタフライ効果っていう言葉もありますね。「ブラジルで1匹の蝶が羽ばたくと、やがてテキサスで竜巻が起こる・・」謎めいて聞こえますが、ほんの些細な出来事が巡り巡って世界に大きな変化を起こす引き金になり得る、ということをドラマチックに表現したのだろうと思います。

まずは呼吸を整えるところから。深呼吸、深呼吸。

Please imagine breathing in refreshing deep forest. ha~

話がとりとめなくなってきたので、この辺にします^^; 私たちの呼吸とマインドが穏やかであることが、世界の平和に貢献している、そう思います。