仙人草の咲く庭で

犬と一緒に散策する里山スケッチ。自然界のさまざまな存在や、見えない世界へと誘われる心のスケッチ、モノローグ

小さな死 その3

朝な夕な洗面所に行くたびに、天井を見上げてハチがいるか、

巣が大きくなったかどうかを見守っていたが、ある日、

もうとっくに暗くなっているのに、ハチの姿がなかった。

もしかして・・・と思ったが、いや何かのアクシデントで

戻ってこれなかったということもあるかも知れない。

次の日の朝も昼も、そして夜にもハチは戻って来なかった。。。

そうして3日ほど経った。

もしかして・・・と淡い期待をかけていたが、それ以上日が経って、

これはやはりどこかで鳥に喰べられてしまったか、

何らかのアクシデントで戻らぬヒト、いやハチになってしまったのだと

結論するしかなかった。

 

 

短い期間だったのにもかかわらず、あのアシナガバチは私の心の中にも

確実に棲み家をを作り始めていたらしい。巣の主人(あるじ)がいなくなって、

私の心の中にはポカンと空虚な穴が開いてしまったようだった。

 

あんな小さなハチなのに、思っている以上に感情移入してしまっている

自分を発見して、自分自身驚いた。

人は相手が人間か自然界の生き物かに拘らず、その存在がこの世界を離れると、

その存在が心の中に占めていた領域にポッカリと穴が開いてしまうものらしい。

両親が亡くなった時にも感じたし(それは当然のこと?)、飼っていた犬や猫が

死んだ時は本当に悲しい気持ちになった。

けれど、わずか数日のおそらくは一方通行だったある種の交流にもかかわらず、

私が感じた空虚さに我ながら驚いた。(新たな発見だったかも知れない))

別のクールな見方をすれば、人間は何にでも捉われるとも言えるかも知れない。

 

兎も角、私はしばらくの間家にやって来て、かいがいしく巣作りをして

私にレッスンを残してくれたアシナガバチに対して、以前このブログの中で

書いたことのあるHonorable Closure(オノラブル・クロージャー)を

することにした。

 キツネ その2 Honorable Closure - 仙人草の咲く庭で

何らかの縁で私はハチの様子を見守って、ハチが持っている勇気や

誠実さ、ひたむきさ、忍耐力という大きな力を間近に感じた。

小さな存在が、大きなレッスンを運んできてくれた。もしかしたら

ハチの陰に神様が隠れていて、それこそ私がハチを見守っていたように、

神様がレッスンを学べるかどうか、私を見守っていたのかも知れないと

妄想する。

いずれにしても、ギフトというのは案外こんなところにあるのかも???

 

今はただハチさんとの出会いに感謝。間違いなく貴方は私の人生を豊かに

彩ってくれました。有難う💗また生まれ変わってきてくれますように✨✨✨

学びはまだまだ続く。。。