仙人草の咲く庭で

犬と一緒に散策する里山スケッチ。自然界のさまざまな存在や、見えない世界へと誘われる心のスケッチ、モノローグ

夏至の日・黒猫・白い石 1 

夏至の日の黒猫

雨の降る夏至の日。玄関を出た先にある切り株の上に、朝からずっと家の黒猫が座って絵になるなと思ったので、スマホで撮ってみました。いざ撮るとなると、ただ眺めていた時には様になっていたものが、居心地の悪さを感じるのか、さっきまでの絵になる静けさが打ち破られてどこか不自然で不恰好なものになってしまいましたが、折角なので、登場回数の少ない我が家のクロ(正式名はダダ)を夏至の日の記念にアップしておきます。

前回の記事の最後に、自然界に心を開いて、自分の心にあることを打ち明けたら、それまで問題だと思っていたことが、気づいたらいつの間にか問題じゃなくなっていた、なんていうことがあるかも知れませんよと書きましたが、そう言えば、またしても、そう言えばですが^^; 思い出したことがあったので、夏至の日でもあるので、ここに書いておこうと思います。

 

ある人から聞いたネイティブの問題解決法のことを思い出しました。たしかチェロキー族に伝わるやり方だそうで、その方法はと言うと。。。

草などの植物の繊維で、小さな籠か袋のようなものを編みます。そして林や野原に出かけて、そこで小石を拾い集めて、その小さな籠に入れます。その籠を腰とか身体のどこかに結びつけます。そうすると、気がつかない間に、いつの間にか小石が籠からこぼれ落ちて無くなっている。小石が無くなった頃には、問題も消えている、というものです。

これと似たやり方が他の民族にもあって、ガテマラには、ガテマラン・ワリードールという民芸品としても売られている小さなケースに木で作った小さな人形をいくつか入れたものがあって、ひとつひとつの人形が自分の悩みを肩代わりしてくれたりとか、ペルーにもそれと似たような人形があって、お財布に入れておくとか、枕元に置いておくとか、それぞれ微妙にやり方が違ってはいるもののコンセプトは共通しています。